「ゲッ雪降ってんじゃん!」
今日の授業も残り一コマとなった時、窓の外を見てタケミッチが言った。オレもそのまま窓の外に目線を向けると、確かに雪が舞っていた。
「うわー最悪。積もらないといいな」
「だな」
傘も持ってきてないし電車止まるかもだし何より都心の人間は雪に慣れていない。帰りのホームルームが終わったら速攻ナマエさんの教室に迎えに行ってさっさと帰ろう。あ、そうだ今ポケットの中に入ってるカイロ、ナマエさんにあげよ。ナマエさん寒がりだし(多分)、喜んでくれるかな…なんて大したモンあげるわけじゃないのにナマエさんの顔を想像して頬が緩んだ。タケミッチに「気持ち悪い顔してどうした?」と言われたから脇腹にパンチをお見舞いしておいた。
下校する時間になっても雪は止む気配はなく、気づけば校庭一面、白くなっている。廊下はもう冷え切っていて、オレは鼻の頭を赤くしながらナマエさんの教室に走った。
教室を覗くとまだ帰り支度を終えていないナマエさんの姿が見えた。だから廊下にしゃがんで携帯を弄りながら暫く待っていると、「ナマエの彼氏、もう来てるよ」と誰かの声が聞こえてきた。あ、あの人ナマエさんといつも一緒にいる人だ。彼氏、って認識されてんだな…オレ。……大丈夫大丈夫、これくらいでニヤけたりなんかしてない。大丈夫だオレ。
「千冬くんおまたせ」
「あ、ウッス!」
「…なんかいいことあった?ニヤけてるけど」
「え!?」
やべぇ…こんくらいでニヤけてたのかオレ…恥ずかしい…。なんでもないっす!と言いながら立ち上がり、ナマエさんと一緒に廊下を歩いた。
「雪やばいねー」
「寒いっすよね。あっオレこれ持ってるんで使ってください!使いかけだけど」
「カイロ?ありがとう。いいの?」
「いいですよ勿論。あ、あとマフラーも使います?」
「私マフラーつけてるけど…」
「寒いんで二重にしましょう。オレの薄いんでいけます!ナマエさん風邪ひいたら大変だし」
「いやそんな…」
本格的に拒否される前にナマエさんの首元にマフラーを巻きつけた。ちょっと苦しそうだけど…でも首温めるといいって言うし、ナマエさんが風邪引くよりいいだろう。
「あとはー…あーオレ手袋も耳当てもないんだよなぁ」
「いいよいいよ大丈夫」
「てか足っすよね、一番寒そうなの。タイツとかねぇんすか?」
「うん。持ち歩くものでもないしねぇ…」
制服のスカートから出る生脚。絶対ェ寒いに決まってる。オレの体育用ジャージ貸すべきか…?いやでもそれやりすぎ?ナマエさん恥ずかしがる?あっでも恥ずかしがるナマエさん見るの好きだし…いやいやでもそういうの押し付けるのって…
「千冬くん!」
「え?」
「何してんの?雪ひどくなる前に帰ろう」
「あ、はいっ」
気づけばナマエさんが数歩先を歩いていたから慌てて追いかける。…やばいなオレ。ナマエさんと晴れて付き合うようになって数日。くそ恥ずかしいけど頭ん中はナマエさんのことでいっぱいだった。授業中も、友達といる時も、家でも…そして本人の前でも。でも仕方ない。ずっと好きだった人がいま、自分の彼女としてこの世に存在しているんだから。
互いの下駄箱で靴を履き替えてから外に出ると、冷え切っていた廊下よりも遥かに冷え切った空気に晒された。あーー!さっみぃぃ!って叫びたくなる衝動を抑えながら、ポケットに手を突っ込んでから雪の上に踏み出す。
「えいっ!」
「…へっ?」
「お、ヒットだー」
「え?いま雪投げてきたのナマエさん?」
「そーだよ?」
こめかみあたりに突然ぶつけられた雪の塊。驚いて反応が遅れてしまった。ナマエさんが雪ぶつけてきたという事実がなんかこう…想像つかなくって。
「ボーッとしてると次もいくよー」
「え?え?待ってナマエさん!寒くないんスか!?」
「え、寒いよ?」
「まさか雪降ってテンション上がるタイプ!?」
「うん…実は」
オレが貸したマフラーに口元を半分埋めながら控えめに笑うナマエさんを見て、思わず「…かわい」と声が漏れてしまった。いやだってナマエさんが雪でテンション上がるとか想像できる!?基本好きな漫画がアツい展開になった時にしかテンション上がってるように見えない人だよ!?いつもオレがぐいぐい行くから若干呆れ気味で引き気味な反応ばっかしてた、あのナマエさんだぞ!?
「いーっスね」
「ん?」
「容赦しないから。オレ」
「え?ってうわ!不意打ちは禁止!」
顔はさすがに狙えないから腕あたりを狙って投げたら見事的中した。そしてナマエさんがダッフルコートについた雪を払っている間にもう一撃。すると「やったなぁ〜!」とナマエさんらしからぬセリフを吐かれて、思わず笑ってしまった。
ナマエさんの投球の腕前はなかなかなモンで、オレも結構くらっちゃうし、「いでっ」ってマジな声を漏らしちゃうし。周りの生徒たちがそそくさと帰る中、オレ達だけは本気で雪合戦をしていた。
「はぁ…はぁ……ナマエさん、結構やりますね…」
「千冬くんこそ…、息上がってんじゃ…ん…」
「…そろそろやめましょうか。手悴んできた」
「だね」
上着についた雪を払いながらナマエさんに近づく。ナマエさんの真っ赤になった小さな鼻も頬も耳も、全部可愛く見える不思議。髪についている雪を払ってあげると小さな声で「ありがと」と言われた。少し照れてんのかなって考えるだけで、心臓がぎゅーっとなる。
「手やばい。あ、そういえば千冬くんに貰ったカイロがあったね」
うまく動かない手でナマエさんはコートのポケットからカイロを出して両掌に当てた。やっぱカイロ、あげて正解だったな。
「…オレも、あったまっていい?」
「あ、使う?」
「うん、でもこのままでいい」
ナマエさんの手を包むように自分の両手で握った。霜焼け寸前の手にはナマエさんの体温がじわりと染み込んでくるだけでも温かい。
「ち、千冬くん…これじゃカイロに触れてないじゃん。全然温まらないでしょ」
「うん。でもナマエさんの手はカイロとオレの手に挟まれて温まるっしょ?」
「私はいいから、千冬くんも」
「いーの。オレもこうやってれば温かいから」
ナマエさんの顔がまた赤くなったけど、これは寒さのせいだけじゃないと思いたい。あー…やばい。この雰囲気は。雪が舞う中でこのシチュエーションは……絶対いいやつ。大丈夫なやつ。腰を少し屈めてナマエさんの唇に自分のそれをそっと近づける。
「……っ、いや、ダメでしょ!」
「え?」
「ここ!学校!」
手はオレに握られたままだったから引っ叩かれることはなかったけど…思いっきり顔を逸らされてしまった。そしてその流れで手も離され「ここ!学校だから!」ともう一度強めに言われた。
「…ダメでしたか」
「そんな可愛い顔して言ってもダメはダメだよ」
「ちぇー。やっっとナマエさんの彼氏になれたってのに…」
ちょっとわざとらしく不貞腐れてみた。こうしたらナマエさんなんか反応してくれるかなって期待して。だがオレの期待に反してナマエさんは「寒いならカイロ返すね」と事務的に言い放ち、オレのコートの左ポケットにカイロを突っ込むだけだった。
まじかよ…不貞腐れてみても全然効果なしか…先が思いやられるな。
「帰ろう」
「…ウィーッス」
ポケットに手を突っ込み、カイロを触りながら校門へと歩き出す。あーあ、雪で足先まで悴んでる。なんなら靴下少し湿ってきてるし…。そんな自分の足先を見ながら歩いていると、ふと自分の左半身に温かみを感じた。
「ナマエさん…?」
「…やっぱ、私も寒いからカイロ使いたい」
擦り寄ってきた彼女はオレのポケットに手を入れてきた。カイロを弄り、オレの指を弄り、そして指を絡めてきた。
「…かわいっすね」
「なにが?」
「そういうとこがです」
「そうですか」
学校でキス、は叶わなかったけど今日はこれくらいで勘弁してあげよう。悴む彼女の手を温めてあげられる雪の日なんて、そうそうないだろうから。